ビデオゲームでは、クエストをクリアしたり、敵を倒したり、宝箱を見つけたりなど…何かを達成した後にご褒美が与えられるのが鉄則です。
その時貰えるご褒美は、お金や素材、武具に経験値など、自分にとって役立つとても価値があるものになっています。なぜなら、ご褒美が豪華でないとクリアするやる気が出ない…つまり、ゲームにおける動機づけとしては機能しないからです。
では、3Dマリオはどうでしょう。確かに、ステージを探索したりゴールまで辿り着いたりすると、パワースターやパワームーン、シャインといった「ご褒美」は貰えます。しかし、パワームーンやシャインを集めたからといって、別にマリオの能力が向上するわけでもなければ、何か特別なアイテムと交換できるわけでもありません。
そう考えると、お金や武器などのアイテムに比べたら、パワースターやパワームーン、シャインは自分にとって役立つはっきりとした価値のあるもの…とはいえず、ご褒美としては少し弱い気がします。
では、どうして3Dマリオにおけるご褒美…クリアの動機づけは、お金や特別なアイテムといった、「はっきりした価値があるもの」ではないのでしょうか?
そこで、「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」の考え方を使いながら、この問題を考えてみました。
動機づけには「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」の2つがあるとされています。
内発的動機づけとは、「行動自体に内在する推進力による」動機づけのこと。反対に外発的動機づけとは、「外にある目標によってひき起こされる」動機づけのことです。
※引用:世界大百科事典(https://kotobank.jp/word/内発的動機づけ-178824)
ビデオゲームにおいては、「その遊びが楽しい・面白いからやる!」というのが、内発的動機づけ。反対に、ここまで述べてきた「このクエストをクリアすればお金やアイテムが手に入るからやる!」というのは外発的動機づけです。
外発的動機づけでも別にいいじゃん!…と思うかもしれませんが、実はこの外発的動機づけには注意点があるのです。
それは、「遊びを楽しむ」という元々の目的から、「外発的動機づけ」で与えるお金やアイテム等の「ご褒美」を貰うことへと、目的がすり替わってしまうという、アンダーマイニング効果が生じる点。
そうなると、例えば元々はステージを攻略したり、謎を解いたり、探索したり…遊びそれ自体をしているだけで楽しかったのに、次第に「その遊びをクリアして、ご褒美が貰えないと楽しくない」ということが起こってしまうのです。
逆にいうと、この問題があるからこそ、3Dマリオのご褒美がお金や武器などのアイテムではないことには意味があります。
「はっきりした価値があるもの」ではないスターやムーン、シャインならば、それを貰ったところで外発的動機づけはあまり強く働きません。その分「遊び自体が面白いからやる!」という本来の目的、内発的動機づけを忘れることなくゲームを進めることができます。
その結果、3Dマリオを遊んでいると、ゲーム自体が面白い!という印象を強く持つことができるのです。
…さて、ここまで3Dマリオのパワースターやパワームーン、シャインは「はっきりした」価値があるものではない!とずっと書いてきました。
おやっ?「はっきりした」価値があるわけではない…という表現、何かアヤシイ…
そう、パワースターやパワームーンにもれっきとしたご褒美としての価値があります。ただ、その価値はお金や素材、武具に経験値とは違って、目に見えて分かる「はっきりした」ものではないというだけなのです。
ご褒美としての価値があるのなら、やっぱり3Dマリオのパワースターやパワームーン、シャインも外発的動機が強く働いてしまうのでは…?
ですが、パワースターやパワームーンが持つ価値は、お金や武器が持つ価値とは少し違います。
パワースターやパワームーン、シャインの価値は、それを手に入れると次のステージに行くことができる…つまり、新しい「遊び」ができるようになる というもの。そう、3Dマリオにおけるクリアのご褒美は、「遊び」そのものなのです!
この新しい遊びというご褒美が効果を発揮するためには、3Dマリオの遊びそのものを面白いと感じている必要がある…つまり内発的動機づけがしっかりしていないといけません。
例えば、マラソンが嫌いな人に対して、「体育のマラソンの授業を頑張ったら、市のマラソン大会に出場させてあげるよ!」と言っても、いやいやそんなの別に出場したくないし…という話になり、動機づけとしては機能しません。逆にマラソンが好きで走ることに喜びを感じている、言い換えれば内発的動機づけがきちんとできている人であれば、この「マラソン大会に出場させてあげる」…ということが動機づけとして成り立ちます。
つまり、パワースターがご褒美として成り立っているということは、内発的動機づけがきちんとできている証であるということなのです。
勿論、パワースターやパワームーンを手に入れることには「ストーリーを進めることができる」という価値もあり、ここを重視するなら、スターやムーンの外発的動機づけとしての機能が強くなります。しかし、3Dマリオはストーリーをメインには置いていないですし、ストーリーが終わった後の残ったスター集めでは、この「ストーリーを進めることができる」という価値は完全に無くなるので、実際の所はこの価値が「遊びの面白さ」という内発的動機づけを侵食することはないと考えます。
このように、3Dマリオのパワースターやシャイン、パワームーンでは外発的動機づけが過度に働くことがないため、プレイヤーが内発的動機づけに従ってゲームを進めていけるようになっています。その結果、3Dマリオが持つ「遊びそのもの」の面白さをプレイヤーがよりしっかりと味わえることに繋がっているのではないかと考えます。
そうであるならば、例えば「3Dマリオでは簡単なチュートリアルをクリアしても、超難関なコースをクリアしても、貰えるパワースターの数が基本的に等しい(ボスステージを除く)…だからパワースターのご褒美としての有難みが下がってしまう」という問題に対しても、そもそもパワースターはご褒美としての価値を低く抑えているのだからさして問題はない、むしろ外発的動機づけが強まることを防ぐ上ではかえって効果的だといえるのではないでしょうか。
勿論、外発的動機づけが弱ければそれで良い…という訳ではなく、外発的動機づけが弱くても「このゲームをプレイし続けたい!」とちゃんと思えるのは、3Dマリオの「内発的動機づけ」が強い…つまり、遊びそのものがきちんと面白いからです。
…と、ここまで書いてきましたが、最後に前提をひっくり返すようなことを言います!
そもそも3Dマリオのパワースターやシャイン、パワームーンをクリアの「ご褒美」として考えることが少しズレているのでは…という気がするのです。
「ご褒美」というよりは、むしろ「目的を明確に示すもの」、例えるなら「旗」としての意味合いが強いのではないかなと。
2Dマリオであれば基本的に右に進んでいけば物事が解決できます。しかし、3Dマリオでは、いきなり広い世界に連れていかれて、しかもそこに何の道しるべも無ければ、いったいその世界で何をすればいいのかが分からなくなってしまいます。
そこで、パワースターやパワームーン、シャインといった明確なゴールを設定し、それを取ることを目的とすることで、プレイヤーはその世界で何をすればよいか迷わずに済むのです。
そうだとすれば、「何をすればよいか」という目的を示すことが優先で、「ご褒美」としての役割はそこまで重視されていないから、パワースターやパワームーン、シャインのご褒美としての価値も高くは設定されていない…と考えることもできるような気がします。
そもそも、パワースターやパワームーン、シャインが持つ役割は、「目的を明確にする」ゴールとしての役割や「ご褒美による動機づけ」としての役割だけではありません。この他にも、「遊びに区切りを付ける」役割や「自分が本当にその遊びをクリアしたことを示す証・実績」としての役割など、様々な役割を兼ね備えています。
このように、様々な役割がたった1つのモノに集約されているということこそが、パワースターやパワームーン、シャインが持つ本当の価値であり、3Dマリオを遊び易く、迷いにくく、そして面白くしている要因の1つなのではないでしょうか。
コメント お気軽にどうぞ